08.30
般若心経とは?現代語訳や意味・読み方をわかりやすく解説
最終更新日 : 2023年9月4日
葬儀や法要で読まれる有名なお経に「般若心経」があります。名前は耳にしたことがあるものの、どのような意味があるのかわからないという人も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、般若心経の現代語訳をもとに、意味や読み方について解説します。内容を理解することでお経との向き合い方も変わってくるので、興味をお持ちの方はぜひチェックしてみてください。
般若心経とは?
般若心経とは、お釈迦様が説いた本質的な教えが詰まった約300文字のお経です。正式名称は、「般若波羅蜜多心経(はんにゃはらみったしんぎょう)」で、「心経(しんぎょう)」とさらに略されることもあります。内容は漢文で書かれているため、ほとんど意味が理解できないという人も少なくありません。
この般若心経には、人々があらゆるものに悩み、苦しまないようにするための教えが書かれています。お釈迦様が弟子に対して教えを説く場面から始まり、思想に関する理解を深めていくという流れをイメージするとわかりやすいかもしれません。
般若心経の歴史
遥か昔、玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)と呼ばれる中国の僧侶がいました。当時、般若心経の経典はインドにあり、玄奘三蔵はインドに行き、その経典を中国に持ち帰ったとされています。
その後、インドのサンスクリット語から漢文に翻訳され、600巻ほどにまとめられました。それらのエッセンスがわずか300文字に凝縮されたのが現代の般若心経であり、これを読むことで仏教の本質を知ることができるといわれています。
般若心経が読まれる宗派
般若心経はさまざまな宗派で読まれており、たとえば真言宗・天台宗・曹洞宗・浄土宗などが挙げられます。一方、浄土真宗と日蓮宗は般若心経を読みません。これは、般若心経との考え方の違いからきているといわれています。
般若心経は、「この世にある物事をどのように解釈するか?」という視点で思想が描かれています。認識と解釈が変われば、自らの手でいずれ悟りは開けるという考え方です。逆に、浄土真宗は「阿弥陀様の導きで悟りの世界に行くことができる」という考え方のため、悟りを開けるかどうかは阿弥陀様次第という思想といえます。
このように悟りの世界に自らの意志で進むか、それとも導いてもらうのかという思想の違いによって、般若心経が読まれるかどうかが決まるのです。
お葬式における般若心経の役割
仏教では、亡くなった人は輪廻転生すると考えられています。輪廻転生は、何度も生死を繰り返して新しい命に生まれ変わることを表す言葉であり、故人様(輪廻転生をした方)の魂に栄養を与えるために僧侶が般若心経のお経を読むといわれています。
先祖供養と呼ばれるものは、故人があの世で幸せに暮らすことを祈るのと同時に、新しい命が授かってからも幸せであってほしいという願いが込められているのです。
般若心経の全文と読み方
続いて、般若心経の全文の読み方をご紹介します。宗派によっては読み方が異なる場合がありますが、ここでは一般的なものを記載します。
仏説摩訶般若波羅蜜多心経
(ぶっせつまか はんにゃはらみた しんぎょう)
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空
(かんじざいぼさつ ぎょうじんはんにゃはらみったじ しょうけんごうんかいくう)
度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空
(どいっさいくやく しゃりし しきふいくう くうふいしき しきそくぜくう)
空即是色 受想行識亦復如是 舎利子 是諸法空相
(くうそくぜしき じゅそうぎょうしき やくぶにょぜ しゃりし ぜしょほうくうそう)
不生不滅 不垢不浄 不増不減 是故空中
(ふしょうふめつ ふくふじょう ふぞうふげん ぜこくうちゅう)
無色 無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法
(むしき むじゅそうぎょうしき むげんにびぜっしんい むしきしょうこうみそくほう)
無眼界 乃至無意識界 無無明亦 無無明尽
(むげんかい ないしむいしきかい むむみょうやく むむみょうじん)
乃至無老死 亦無老死尽 無苦集滅道 無智亦無得
(ないしむろうし やくむろうしじん むくしゅうめつどう むちやくむとく)
以無所得故 菩提薩埵 依般若波羅蜜多故
(いむしょとくこ ぼだいさつたえ はんにゃはらみったこ)
心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖 遠離一切顛倒夢想
(しんむけいげ むけいげこ むうくふ おんりいっさいてんどうむそう)
究竟涅槃 三世諸仏 依般若波羅蜜多故
(くうぎょうねはん さんぜしょぶつ えはんにゃはらみったこ)
得阿耨多羅三藐三菩提 故知般若波羅蜜多
(とくあのくたらさんみゃくさんぼだい こちはんにゃはらみった)
是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪
(ぜだいじんしゅ ぜだいみょうしゅ ぜむじょうしゅ ぜむとうどうしゅ)
能除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪
(のうじょいっさいく しんじつふこ こせつはんにゃはらみったしゅ)
即説呪日 羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦
(そくせつしゅわっ ぎゃてい ぎゃてい はらぎゃてい はらそうぎゃてい)
菩提薩婆訶 般若心経
(ぼじそわか はんにゃしんぎょう)
仏説摩訶般若波羅蜜多心経
(ぶっせつまか はんにゃはらみた しんぎょう)
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空
(かんじざいぼさつ ぎょうじんはんにゃはらみったじ しょうけんごうんかいくう)
度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空
(どいっさいくやく しゃりし しきふいくう くうふいしき しきそくぜくう)
空即是色 受想行識亦復如是 舎利子 是諸法空相
(くうそくぜしき じゅそうぎょうしき やくぶにょぜ しゃりし ぜしょほうくうそう)
不生不滅 不垢不浄 不増不減 是故空中
(ふしょうふめつ ふくふじょう ふぞうふげん ぜこくうちゅう)
無色 無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法
(むしき むじゅそうぎょうしき むげんにびぜっしんい むしきしょうこうみそくほう)
無眼界 乃至無意識界 無無明亦 無無明尽
(むげんかい ないしむいしきかい むむみょうやく むむみょうじん)
乃至無老死 亦無老死尽 無苦集滅道 無智亦無得
(ないしむろうし やくむろうしじん むくしゅうめつどう むちやくむとく)
以無所得故 菩提薩埵 依般若波羅蜜多故
(いむしょとくこ ぼだいさつたえ はんにゃはらみったこ)
心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖 遠離一切顛倒夢想
(しんむけいげ むけいげこ むうくふ おんりいっさいてんどうむそう)
究竟涅槃 三世諸仏 依般若波羅蜜多故
(くうぎょうねはん さんぜしょぶつ えはんにゃはらみったこ)
得阿耨多羅三藐三菩提 故知般若波羅蜜多
(とくあのくたらさんみゃくさんぼだい こちはんにゃはらみった)
是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪
(ぜだいじんしゅ ぜだいみょうしゅ ぜむじょうしゅ ぜむとうどうしゅ)
能除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪
(のうじょいっさいく しんじつふこ こせつはんにゃはらみったしゅ)
即説呪日 羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦
(そくせつしゅわっ ぎゃてい ぎゃてい はらぎゃてい はらそうぎゃてい)
菩提薩婆訶 般若心経
(ぼじそわか はんにゃしんぎょう)
般若心経の簡単な現代語訳
ここからは、先ほどご紹介した原文を簡単な現代語に直し、全体を4つのパートに分けて解説していきます。
観音菩薩が修行によって辿り着いた真実について、弟子のシャーリプトラに結論を説くシーン
観音菩薩が辿り着いた「空」とは何かを説くシーン
「空」の境地に到達すると、どのような心境へと変化するのかを説くシーン
悟りを得るための「仏の智慧」について、最も重要な真理を説くシーン
第一パートでは、観音菩薩が修行によって辿り着いた真実として、「あらゆるものには実体がない」という結論をシャーリプトラに説くところから始まります。世の中に存在するものは、実体がないからこそ一時的に形あるものとして存在しているだけと説き、その気づきによってすべての苦しみから解放されたと弟子に説明しました。
第二パートでは、実体がないもの(空)とは何を指すのかを詳しく説明しています。観音菩薩によると、この世のあらゆる物事は空であると説いており、心身や五感という感覚すらも幻想であると説きました。
また、そもそも肉体や心、感覚が存在しないのであれば、意識や思考も存在しないとも述べています。実体がないのであれば、老いて死ぬこともなくなり、迷い苦しむことすらもあり得ないという結論に到達したのです。
第三パートでは、空の境地に到達すると、どのような心境にいたるのかが説明されています。空では苦しむという概念自体が存在しないため、思い込みや執着などの世界を見る自分のフィルターがなくなり、恐れることがなくなるのです。すると、誤った考え方から距離を置くことができ、やがて心の平穏が訪れます。
第四パートでは、物事の本質を知った仏様が、悟りにいたった智慧について最も重要な真言(マントラ)を説いています。一言で表すと、「煩悩の火が消え、人間本来の本能から解放され、心の安らぎを得た状態」となり、以下の一文に仏の智慧が凝縮しているためこの一節だけでも覚えておくようにしましょう。
「羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶(そくせつしゅわっ ぎゃてい ぎゃてい はらぎゃてい はらそうぎゃてい ぼじそーわかー)」
般若心経における「空」とは
般若心経における「空」とは、「あらゆるものには実体がない」という考え方です。この世に存在するすべての物事は実体がないという前提で、生死という概念自体も存在しないと般若心経の中で説かれています。また、あらゆる悩みや怒りなどの感情も存在しないため、空の境地に到達すれば物事を適切に判断できるとされています。
「大乗仏教」の教え
大乗仏教とは、すべての生き物を救済することを目的とし、利他の精神が他の宗派との大きな違いです。自分が幸せになれば他人も幸せになり、他人が幸せになれば自分も幸せになるという調和の思想がベースとなっています。
一方で小乗仏教とは、お釈迦様の教えを守ろうとする弟子たちのための教えともいわれています。大乗仏教との大きな違いは、自らが悟りを開くまでは自分を優先することです。悟りを開けなければ他人を救うことはできないという思想が前提にあるため、一歩間違えば人間が本来持つ欲望に支配されてしまうことも少なくありません。
すべての物事は変化し続ける
「空」という考え方は、物事に実体がないだけで空っぽなわけではありません。実体がないからこそ、すべての物事は変化し続けると伝えています。
たとえば、年齢を重ねて肉体的な能力が下がったとしても、その人にしかできないことがあるという考え方です。今まで経験してきた知恵を使って後世を育成するなど、現実を受け入れたうえでより良い人生を生きていくヒントを与えてくれる思想ともいえます。
価値観に捉われない
「空」では、自分のフィルターで物事を見ないということが重要と説かれています。美しい・醜い・優秀である・劣っているなどの概念は人々が勝手に決めたものであり、どう感じるかは十人十色であって良いということです。世の中が決めた価値観に振り回されず、物事と適切な距離を保って関わっていけば、迷うことも苦しむこともないと説いています。
「真言」とは
真言とは、仏の智慧を自分の世界観にするために使う言葉のことです。これは、「悟り」という目標を達成した仏様が、修行中に発見した智慧を思い出すためのスイッチのようなものです。また、似たような言葉には「アファメーション」があります。
真言は言葉の意味よりも、空の概念を思い出せるよう、その響きを重要視しています。そのため、真言の意味をより深く理解するには空の概念を理解して実践することが重要です。
まとめ
今回は般若心経の意味や役割について解説しました。般若心経には、現代を幸せに生きるためのエッセンスがたくさん詰まっています。あまり聞き慣れないものかとは思いますが、もし葬儀などで耳にするようなことがあれば、一度そのお経の意味について思考を巡らせてみてはいかがでしょうか。
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